高松地方裁判所 昭和33年(わ)2377号 判決 1962年8月15日
判 決
本籍並びに住居 愛媛県宇和島市本町五七番地
元会社役員
中平義興
明治三六年五月八日生
右の者に対する商法違反(一部予備的訴因、業務上横領)被告事件について、当裁判所は検察官検事仁井田哲也出席のうえ審理し、次のように判決する。
主文
被告人を懲役二年に処する。
但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和二四年八月頃から高松市五番丁において産業会館グリルを経営していたが、昭和二七年頃知人から東京都日比谷にある日活国際会館の建築資金の調達方法を聞いて示唆を受け、自分もこれに倣つて、折から復興途上にある高松市に、一大会館を建設しようと考え、種々想を練つた末、中小商工業者を結集して大資本に対抗するとのスローガンの下に、これら業者から出資を募り、その資金もつて会館を建設し、建物の内部を出資額に応じて業者に貸与して百貨店式に専門店を出させ、他を団体観光客を対象とするホテルに充てることが良策であるとの腹案を抱き、その実現を期して仔細にこれが計画を検討する一方、高松市内の一部有力者に対し右計画を説明して協力方を求め、被告人の実行力を信頼して、右計画に賛同共鳴した岡内勇(当時高松市教育委員長、高松バス株式会社代表取締役)、中村文雄(元三越高松支店長)、宮武義玄(当時高松市商店会連会会々長)、三宅徳三郎(当時香川県医師会々長)、らと共に漸く昭和二九年三月二〇日高松市六番丁三一番地に本店を置き、百貨店、旅館、劇場等を設備するビルデイングの経営を目的とする資本金五〇〇万円払込済(授権資本二、〇〇〇万円)の株式会社高松会館を設立し、被告人及び岡内勇の両名が代表取締役となつて、その法人としての設立登記を完了したのであるがさらに会館の敷地の確保や資金の調達など鋭意所期の計画の実現を計るうちに、当初内約のあつた日本勧業銀行からの六、〇〇〇万円の融資が政府の金融引き締め政策のために御破算になつた一方において、商店からの加盟申込は有つてもその出資はビルデイング建設後ということで、資金がはかばかしく集らないという苦境に立ち、そのためビルデイング着工資金はもとより会社運営資金すらも意の如くならず、着工の見透しさえ覚束ない事態となつたので、急遽当初からの方針を変え株式を一般から公募して、増資することとし、多数の外務員を雇傭して株式の申込を勧誘させ鋭意増資の実現を計つたが、予期の如く株式の申込がないのに加え、諸経費が嵩み、依然として建築に着工することさえも出来なかつたので漸く一般からその成否に疑念を抱かれるに至り、昭和三〇年末頃に及んで遂に被告人の所期の計画は完全に挫折の止むなきに至つたのである。この間被告人は右株式会社代表取締役として、右会社設立以来同会社の業務を統括処理していたものであるところ、
第一、前記の如く増資株式の申込を公募するに当り、右会社の払込済株式の総数一〇、〇〇〇株(一株の額面五〇〇円)、資本金五〇〇万円払込済であつたにかかわらず、目論見書中その冒頭趣意中に「昭和二九年三月二〇日資本金二、〇〇〇万円全額払込済の株式会社高松会館を設立した」旨、及び株金払込の有無を明かにした同目論見書株式要項中に「払込株式は四万株である」旨、それぞれ重要な事項につき不実の記載をなした目論見書約五、七〇〇部を印刷し、これを別表記載のとおり昭和二九年六月下旬頃より同三〇年三月中旬頃までの間、右会社外務員川内作次郎、同山西昊、同酒井三徳、同立川与三、同中山数一、同頼富常一、同壺井静夫等を通じ、香川県木田郡三木町大字平木一八八番地の二黒田照雄方等において、黒田照雄外五〇名に交付してこれを行使し、
第二、右株式会社高松会館設立登記に際し、株式払込金に充当するため、昭和二九年三月一九日、高松市東瓦町二〇番地の一高松信用金庫に対し、前記岡内勇の承諾を得てその所有に係る高松市松島町字北浦三三八番地の一宅地三〇五坪及び同地上木造瓦葺平家建居宅一一坪五合等の不動産を担保として提供し、被告人名義で債権元本極度額二〇〇万円、岡内勇名義で三〇〇万円の各根抵当権を設定登記し、同金庫から被告人名義で二〇〇万円、岡内勇名義で三〇〇万円をそれぞれ借り受け、これが合計金五〇〇万円を右会館発起人総代被告人中平義興名義で、右会館の株式払込金として同金庫に預金し、同金庫からその保管証明書を得、これをもつて前示の如く同月二〇日同会館の設立登記を経、同月二二日右預金五〇〇万円を同市八本松所在の右金庫八本松支店に対する同会館代表取締役被告人中平義興名義の普通預金に振替えた上、同日これを被告人個人名義の定期預金二〇〇万円、同会館代表取締役社長岡内勇名義の定期預金三〇〇万円にそれぞれ名義を改めると共に、高松信用金庫に対する被告人名義の二〇〇万円、及び岡内勇名義の三〇〇万円の各債務を同金庫八本松支店に対する債務に振替えていたところ、その後右岡内勇から屡々前記根抵当権を抹消し担保提供物件の返還方を求められていたものの、その為に必要な資金調達の途が無かつたので、被告人は代表取締役として右高松会館の業務を誠実に遂行すべき任務があるにかかわらず、その任務に背き、取締役会の承認を得ることなく自己及び右岡内勇の利益を図る目的をもつて、
(一) 同年一二月二四日、前記被告人個人名義の定期預金二〇〇万円を、それぞれ被告人個人名義の一〇〇万円宛二口の通知預金に変更した上、同日高松市今新町三九番地四国貯蓄信用組合から被告人個人名義で金一〇〇万円を借り入れ、これを被告人個人の前記高松信用金庫八本松支店に対する借受金二〇〇万円の一部支払に充当したがその際同支店に対する自己名義の前記一〇〇万円の通知預金一口を右四国貯蓄信用組合え担保として差入れ、同月二七日同組合をして右通知預金証書で同支店より一〇〇万円の払戻を受けさせてこれを自己個人名義で同組合に普通預金として預け入れる一方、同日前記八本松支店において同支店係員をして前記一〇〇万円の通知預金の他の一口を自己が同支店に対し有する自己個人の借受金の残金一〇〇万円の弁済に充当せしめ、次いで昭和三〇年一月四日前記四国貯蓄信用組合において同組合に預入れておいた普通預金をもつて自己の同組合に対し有する前記一〇〇万円の借入れ金債務の支払に充当し、もつて高松信用金庫八本松支店に対し有する自己の債務を完済すると共に株式会社高松会館が同支店に対し有する二〇〇万円の預金債権を消滅させて同会館に対し同額の損害を与え
(二) 同年二月一〇日頃、所用のため東京、大阪方面に長期出張するに際し、高松会館企画部長石田正夫に対し、四国貯蓄信用組合の協力を得て前記(一)と同ようの手続により岡内勇個人名義の高松信用金庫八本松支店に対する三〇〇万円の債務を完済するよう指示し、石田正夫は右指示に基づき、同月二四日、株式会社高松会館代表取締役社長岡内勇名義の前記定期預金三〇〇万円を、それぞれ同会館代表取締役社長岡内勇名義の一五〇万円宛二口の通知預金に変更した上、同日前記四国貯蓄信用組合から被告人個人名義で金三〇〇万円を借り入れ内一五〇万円を岡内勇個人名義の高松信用金庫八本松支店に対する三〇〇万円の債務の一部支払に充当したが、その際同支店に対する前記会館代表者岡内勇名義の通知預金一五〇万円一口を右四国貯蓄信用組合え担保として差入れ、同月二六日前記八本松支店において同支店係員をして前記一五〇万円の通知預金の他の一口を岡内勇個人が同支店に対する借受金の残金一五〇万円の弁済に充当させると共に、先に四国貯蓄信用組合え担保として差入れていた通知預金一五〇万円の払戻を受けてこれを同月二八日同組合に被告人個人名義の普通預金として預け入れ、次いで同年三月一日同組合において右普通預金一五〇万円をもつて被告人個人名義の同組合に対する前記一五〇万円の借入れ金債務に充当し、もつて高松信用金庫八本松支店に対し有する岡内勇個人名義の債務を完済すると共に株式会社高松会館が同支店に対し有する三〇〇万円の預金債権を消滅させて同会館に対し同額の損害を与えたものである。
(証拠の標目)《省略》
(主たる争点についての判断)
(判示第一の事実関係)
第一、不正目論見書配布の認識の有無。
弁護人は、判示不正目論見書の印刷配布について被告人は全く関知せず、企画部長石田正夫が独断専行したもので、被告人は昭和二九年一一月頃外務員小川某より不実記載の事実を知らされ初めて右事実を知つたのであるから被告人に責任はない、と主張し、被告人もこれに副う供述をしているが小川清信の検察官調書(同意書面)によると、同人が被告人に対し目論見書の不実記載を追究したのは昭和二九年八月頃のことと認められ、被告人の供述は直ちに信用しがたいのみならず、右目論見書が印刷納本された直後頃から被告人は不実記載のあることを十分認識しかつこれが配布を命じたと認め得る証拠は前掲証拠中に多数散在しており、これを覆すべき的確な証拠は存しない。加えて、「被告人に命ぜられて印刷を注文した」旨の石田正夫の当公廷における証言と同人の検察官調書、及び前掲各証拠よりうかがえる如く会社の各般の業務執行は寧ろ被告人がたゞ一人統括しており、被告人の意思を無視し或いは許可を得ることなく、他の者において右の如き不実の目論見書を印刷することを決定し多数部の発注をなした上、外務員をして配布せしめるが如きことは到底できない実情にあつたと認められることを併せ考えると、前記石田正夫の言を措信すべきであると認める。
尤も、右に関し弁護人は印刷方受注した牟礼印刷の作業伝票(弁証第一号)に「六月一一日受附」とあるにかかわらず、前記石田正夫の検察官調書には「六月一二日被告人に命ぜられ発注した」とあることの矛盾を指摘し、右調書の記載は信用しがたいとするが、右の矛盾は既に説明した各般の証拠に照らし、被告人の刑責を左右するものとは到底考えられない。弁護人の主張は採用しえない。
第二、昭和二九年一一月一四日以降の頒布行使行為は、違反事実中より削除すべきか。
弁護人は、前記のように被告人は昭和二九年一一月頃不実記載のあることを知り、直ちに同月一四日これを訂正した増資目論見書の印刷を注文し爾後はこれを配布せしめたのであるから、同日以後の頒布は外務員が不用意になしたもので被告人の意思に基くものではないことを理由に、違反事実より削除さるべきであると主張する。
しかしながら、既に不正目論見書の配布行使を命じ、外務員においてこれが行使をなしつつあるのであるから、これが行使をやめたとするためには単に漫然訂正分を印刷しこれによつて爾後の勧誘をなさしめたというのみでは足りず、進んで、外務員の手中にある不正目論見書を回収し或いは不実記載部分を訂正の上行使するよう指示する等、不正目論見書の行使を阻止するに足る真摯な努力を尽くさなければならないことは論をまたぬところ、被告人がかかる努力をなしたと認めるに足る証拠はないからこの点に関する弁護人の主張も採用するに由ないものである。
尤も、起訴状添附の不実文書行使一覧表中、一九、の「昭和二九年八月下旬頃、小豆郡内海町福田甲八八二松本平太郎に対する頒布行使」は、二五、の「同年一〇月中旬頃の同人に対する頒布行使」と同一事実であると認められ、これが別個の事実であるとする証拠はなく、右一覧表中一九、の右事実は証拠上認定からはずす他はないけれども商法第四〇九条第一項の不実文書行使罪の規定は、社会経済に対し絶大な貢献をなす反面、これが濫用される危険を包蔵している株式会社制度につき、一般大衆がこれに投資するに当りその的確な判断を誤るおそれあることを防止し、理事者の不正不法による不健全な会社経営を禁圧するため、同条所定の者が株式又は社債の募集若くは売出しに際して、不実文書を行使することを禁止しようとするものであつて、右の文書はその性質上、当然多数回、多数人に頒布されることが予想されるから同条は同種違反行為の反覆を構成要件として規定しているものと言うべく、従つて日時、場所を異にし多数人にこれを頒布行使した場合においても包括的に一罪が成立するに過ぎないと認められるので、前記一覧表中の一九の事実について特に公訴棄却の言渡をすべき必要を認めない。
第三、判示不実記載事項は、商法第四九〇条一項の「重要ナル事項」にあたるか。
弁護人は、判示の如き不実記載事項は商法第四九〇条第一項の「重要ナル事項」にあたらない旨主張する。
所で、右条項にいわゆる「重要ナル事項」とは極めて抽象的な表現であつて、具体的にいかなる事項がこれに該当するかについては、個々の事例につきこれを決する外ないのであるが、その判定をなす基準としては、既に指摘したように同条の趣旨が一般大衆投資家に対して株式会社の実態を正しく開示した資料を提供し、もつてその投資するか否かの意思決定に過誤なきことを保障しようとするところにあることを考慮すれば、少くとも若し或る事項の記載の虚偽であることが株式申込当時申込人に判明しておれば申込をしなかつたであらうと認められ且つ、一般人もおなじく申込をしないであらうという関係にあるか否かによつて決すべきものと考える。本件の場合不実記載のなされた事項は「払込済株式数」と「払込済資本額」で、共に会社の財産的基礎に関する事項であつて、会社財産のみが会社債権者の唯一の担保となる株式会社においては、これは一般投資家の最大関心事項といわねばならないことは明らかである。而も「一万株、五〇〇万円」を「四万株、二、〇〇〇万円」とそれぞれいずれも甚しく誇大に記載したものであるから、右の記載が虚偽であることが当初からわかつておれば判示の申込人は勿論のこと、他の一般人もこれが申込をしなかつたであろうこと一件証拠に照し疑う余地はない。これが「重要ナル事項」に当らずとする弁護人の見解は採用しえない。
(判示第二の事実関係)
第一、判示の事実は被告人の所為ではない、との主張について。
弁護人は判示第二のように複雑難解な金融操作をして、抵当権を抹消したのは専ら高松信用金庫八本松支店長大山省三の発想にかかり、同人と四国貯蓄信用組合職員との協議に基き、同人らと企画部長石田正夫の間において行われたものであつて、被告人は全く関知しない、特に判示第二(二)についてはその当時被告人は長期出張のため不在であつたから尚更関知するはずがない旨主張する。
右大山省三が判示被告人個人名義の預金債権をもつて、被告人個人に対する不動産担保附貸付金を相殺すれば、或いは預合の嫌疑をうけるかもしれぬと考え、これを避けるため判示の如き金融操作を案出したこと、これが実現に右石田正夫が関与したこと、はそれぞれ大山省三の当公廷における供述と石田正夫の検察官調書により明白であるが、これら証拠に当審公判調書中の証人大山省三の供述記載部分、同人の検察官調書、被告人の検察官調書を綜合すると、判示第二の各事実についていずれも被告人は積極的にこれに関与したことが明白であり、殊に、判示第二(一)の所為に際し四国貯蓄信用組合に差入れられた担保物件欄白紙の担保差入証書(証第四一号)と約定書(証第四〇号)には肩書住所を被告人が自記している事実があり、右担保差入後、会社経理上、会社の別段預金を被告人個人えの仮払金として帳簿処理をした際の昭和三〇年一月七日付振替伝票(証第一〇号の一)には、被告人のものと認められる認印が押捺されており、後述のように、右仮払金の返済につき被告人は原株譲渡の方法により整理すべきことを命じていることも明であること等に徴すれば、以上各所為は被告人の意思によるものと認めるのが相当である。
なお判示第二(二)当時、被告人が長期間出張し不在であつたことは認められるが、その出張に先立ち被告人が判示の如く部下の石田正夫に指示し判示第二(一)と同ようの方法により抵当権の抹消をなすべきことを命じたことも、石田正夫は出張中の被告人に対し、留守中被告人の指示に従い事務処理をなし逐一詳細に報告していたことも石田正夫、星野真一の各検察官調書、右石田より被告人に宛てた手紙(証第一六号の一)により十分うかがえるのである。
被告人及び弁護人の各主張は採るを得ない。
第二、図利加害目的の存否。
商法第四八六条第一項違反の罪が成立するためには、行為者において「自己若しくは第三者を利し又は会社を害せんことを図る」目的が必要であることは、同条項の一般規定である刑法第二四七条背任罪の場合と同様であるこというまでもないが弁護人は、被告人にはかかる目的がなかつた旨主張する。
しかし前掲証拠標目欄摘示の各証拠によれば、被告人は担保提供者たる岡内勇から再三に亘つて、抵当権の抹消方を求められたもののこれが抹消に必要な金員を自ら調達しえなかつたので、右資金を自己が負担することなく、会社財産である預金債権をもつてこれに充て、併せて自己の債務をも免れようとして本件所為に出でたものであると認められるから、被告人が自己及び岡内勇の利益のためにする認識を確定的に有していたとするに何ら妨げはなく、その結果会社に対して財産上の損害を加える結果となることについて認識を有していたことも、被告人が事後処理について石田正夫と協議のうえ後記のような原株譲渡の方法で形式的帳簿の処理をしてこれを糊塗しようとした事実があることに徴し明らかである。これを要するに被告人の本件行為は、その犯意の点においてもなんら欠ける所はない。
第三、財産上の損害の発生の有無。
(1) 弁護人は、本件五〇〇万円の預金債権は、事実上高松信用金庫に凍結され、全く名目上存在するに過ぎない実体のないものであつたのであるから、右預金債権が発生する以前の状態に復元させたにすぎない本件行為が、何故に会社に対して財産上の損害を生ぜしめたことになるのかと反論する。
本件の五〇〇万円の預金債権は、その発生当初から高松信用金庫八本松支店長大山省三が管理していたのではないかとの疑が存し、これが債権者たるべき高松会館がこれを引き出し会社の所要経費に充てようとした形跡が全くない点よりすれば、弁護人の右主張は理由があるように見えるけれども、かりに大山省三がこれを管理していたとしてもそれは同人が、右預金が引き出されて直ちに被告人らに対する貸附金の返済に充てられることがあつては所謂預合の嫌疑を抱かれるおそれあることを慮り、かつは、被告人が言明していた大阪府下所在の被告人所有不動産の売却代金をもつて右貸附金が現実に弁済されるのを待つため、止むなく措つた措置であろうと認められるから、右預金債権を目して名目的な無価値なものとすることはできない。
(2) 更に、弁護人は、被告人と岡内勇とは、その有する原始株式一万株、額面五〇〇万円を増資株式申込者に対し同額にて譲り渡したから、これが対価として、株式申込者が会社に払込んだ五〇〇万円の交付を受ける債権を有しており、他方、被告人と岡内勇とは本件預金債権をもつて自己ら個人の高松信用金庫からの貸附金の返済に充当したから会社に対し右預金額五〇〇万円相当の債務を有しているところ、右各五〇〇万円の債権、債務は相殺決済されているから、この点から見ても会社に対して財産上の損害を加えていないというのであるが証処上から見れば会社の諸帳簿は正に弁護人主張の如く整理されていることはうかがえるが、右の如き帳簿整理は会社経営が危殆に瀕しにつつあつた昭和三〇年二月頃から被告人の責任を回避するためなしたもので単につじつまを合わせたに過ぎないものであつて、而もその処理自体極めて不完全な形式的なものであつたとの譏りは免れずこれは樋田行雄、多田和男の検察官調書、株式名義書替請求書(証第三号)等に照し極めて明瞭である。
右弁護人の各主張はいずれも理由がない。
(予備的訴因について)
検察官は、判示第二の冒頭記載事実中、昭和二九年三月二二日株式会社高松会館の預金五〇〇万円を被告人個人名義に振替えた事実をとらえて、これを予備的に業務上横領なりとする。本位的訴因について既に有罪の認定をしたのであるから、この点敢えて触れる必要はもとよりないが、本件審理の過程に鑑み特に右の点に関する見解を示す。
先づ右の如く会社名義の預金を被告人個人名義に振替えたのは、高松信用金庫八本松支店長大山省三がその意図が那辺にあるやはともかくとして同人の意思に基いた処置であることは明白であつて同人は、被告人の申出に従つたまでであるというが、その供述はたやすく措置しがたい。もとより被告人も、そのような処置がなされることについて事前にこれを認識していたことは争う余地はないがその際被告人が横領罪の成立に必要な不法領得の意思を有していたことをうかがうに足る的確な証拠がないのでこの点において予備的訴因はとるをえない。
(法令の適用)
法律に照らすと、判示第一の所為は、商法第四九〇条第一項に、判示第二(一)(二)の各所為はいずれも同法第四八六条第一項に各該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第二(二)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役二年に処するが、株式会社高松会館の事業破綻は、結果として極めて多数の人々に多額の損害を加えたことは自明であるけれども、被告人は予めそれを意図したものではなく、蹉跌の第一の原因は予期していた勧銀からの融資が中止されたことにあり、さらにこれがため前示の如く多数の外務員を使用しなければならなくなつたために諸経費が膨脹し経営が放漫となつたこと等に因るものであつて被告人はその採るべき方法を誤つたとはいえ真摯な努力を尽したに拘らず刀折れ矢尽きたともいうべき同情に値する立場にあり、その他被告人の経歴、身上等諸般の情状を考慮すれば、執行猶予が相当であると認め刑法第二五条第一項第一号によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人の負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
昭和三七年八月一五日
高松地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 水 沢 武 人
裁判官 惣 脇 春 雄
裁判官 谷 口 貞
別表